窓口接客は、人間力と妄想力の経験値が上がる
会社員として勤めていた頃、2回ほど「窓口担当」を経験したことがある。
1つは「金融業」のカウンター。
もう1つは「旅行業」のカウンター。
「人見知りをしない、明るい性格」
これが自分のアピールポイントだと考えていた私は、窓口業務を中心に就職先を決めていた。
個人的には「窓口業務」や「接客」は、自分に合っていた仕事だと思う。
自分で言うのもなんだが、私の対応は親・祖父母世代にウケが良かった。
よく見合いの話も出たし、個人的な話をたくさん聞かせてくれるお客様が多かった。
「お客様の安心と笑顔のため、私たちは頑張ります!」的な・・・
どっかのキャッチフレーズにありそうな気持ちが芽生えたほど、接客が大好きだった。
そして何より、いろんな人との出会いが、私の人間力を高めてくれた。
その甲斐あって自分に常連客がついた時は、最高の評価だと素直に喜んだ。
特に常連客で強烈な存在だったのが、私が20代の頃に出会った70代後半のご婦人。
会社員時代の半分を共に過ごした、といっても過言ではない。
そのくらい、お客以上の親密な関係を築いた女性である。
彼女は苦労して女手一つで子供を育て上げた。
子供たちは皆エリートな道を歩み成功している。
そんな彼女は 80代になってもバッチリメイクでオシャレさん!
アクティブな方で、同年代の男性数人を引き連れて飲み歩いたり、子供たちに旅行に連れて行ってもらったり、人生を謳歌していた。
なんと私は、その70代~80代のカラオケに招待され、同伴したことがある(笑)
この時は、演歌や年代モノの曲を必死に練習したものだ。
彼女もまた、見合いの話を持って来た1人。
彼女とはメル友でもあった。
都会で暮らす娘夫婦と同居するため、彼女は引っ越し、私もそのうち携帯が壊れて疎遠になった。
それが今でも心残り。
また、出会いによって私の「妄想力」も高められた。
特に職業欄に「ライダー」と記載していた、当時30代の男性。
この男は、私の妄想力に対する挑戦か、とさえ思ったほど謎のベールに包まれていた。
いつも黒い上下の皮スーツに、フルフェイスメットで現れる。
申込用紙を記載し、用件が終わり出て行くまで、彼がひと言も発することはない。
「外に駐車しているモトクロスっぽい乗り物・・・競技選手?いや、それはフェイントで、実はあのテレビに出ているガチ仮面ライダーとかだったりして」
・・・なんて妄想したものだ。
それから、私の妄想ターゲットになったもう1人の被害者は、落ち着いた「公務員」の紳士。
彼は10歳ほど年上で既婚者だったが、あろうことか、彼に禁断の恋心を抱いてしまった。
この公務員男性の職場は、私の勤め先の外回り営業管轄だった。
配達もできたのだが外出ついでと、彼は事務所に立ち寄ることが多かった。
「また来てしまいました」
爽やかな笑顔でいちいち言ってくる、この一言が私のハートに矢を放つ。
天然なのか、わざとなのか。
毎回この男に惑わされるのだ。
妄想族が恋をしてしまうと、とんでもないことになる。
ただ、「また来た」だけの一言でも、無理やり深い意味を探ろうとする。
窓口には私一人ではない、他の女性もいるのに・・・だ。
彼の言う「また、来てしまいました」。
この「また」や「しまいました」は妄想族にはNGワード。
彼の言葉に「配達にしてもらうこともできたけど、わざわざまた来ちゃった」と、勝手に解釈をつけ・・・
最終的には「あなたに逢いたくて」くらいまで到達する。
これだから妄想族は危ない。
勘違いとストーカーは紙一重である。
幸い、私は恋愛に関しては臆病。
それどころか、既婚者と分かっていてアプローチなんて論外。
私はただの「恋に恋する、妄想を楽しむナルシスト」だったので、何事も無く妄想片思いを満喫した。
話はだいぶエスカレートしたが、窓口接客業務は、こうやって出会いと妄想が繰り広げられる場だった。
ただ、困ったことが1つだけあった。
窓口ならではの職業病と言えるのか、窓口業務を10年以上続けたためか。
外出先での「いらっしゃいませー!!」という声に反応してしまう時期があった。
お店に入ると「いらっしゃいませー!」と店員が言う。
これには何度も苦しめられた(笑)
実際「いらっ・・・」と小声が出てしまったことがある。
電話応対も多かったのだが、自宅の電話に出た際は、会社名を名乗ったこともある。
これがマジメゆえなのか、天然と呼ばれていた部分なのかは分からないが・・・
窓口の接客業務が、私に大きな影響を与えたことは間違いない。
以上!
ブログで執筆練習をしながら、天職を追い求めている・・・
そんな主婦ライターのドラタケちゃんでした♪
今日もあなたとのご縁に尊尊我無
(トウトゥガナシ=感謝)★ミ