ライティングハンター

ドラムがちょっと叩けるタケちゃんの天職追求訓練ブログ

祖母が認知症になったお陰で...

f:id:doratake_3JSB:20180919221310j:plain

油断していたら、また「はてな今週のお題」が変わっちゃった(笑)

ま~、ライティング練習ですのでね、気楽に参ります。

というわけでお暇なら読んでね!

 

少し重い話に受け取られるけど、どうか、寛大な心で読んで欲しい。

 

私の祖父母は皆、他界してしまっている。

中でも父方の祖母・・・私のおばあちゃんのこと。

 

良い想い出のエピソードは特に残っていない。

でもあえて、おばあちゃんのことをここ(ブログ)で残したくなった。

 

父とは私が学生時代のうちに離別しており、父方の祖父母とは成人式に一度会ったきり。

それから約10年後、父方の祖父が他界した。

葬儀に行き、久しぶりに父と祖母に会った。

 

祖母以外の父や親戚に会うのは約18年ぶり。

父は照れながらも嬉しそうで、他の親戚も皆歓迎してくれた。

 

でも「おばあちゃん」はそっけない。

おじいちゃんの葬儀で動揺しているわけでは無い。

そういう人である。

 

なぜなら他の親戚とは普通に笑って話していたから。

昔から変わらない、別に嫌いとか、そういうことでは無い。

 

ただ、祖父の葬儀で再会した時、どんな会話をしたか、今でも一言も思い出せない。

 

葬儀から帰る車の中で、私は昔を思い出した。

母方の祖母は、誰にでも好かれるニコニコした大らかな人だった。

でも、父方の祖母は対照的で、いつも眉間にシワを寄せている人だった。

 

おばあちゃんは、人付き合いもしない人だったって聞いたなー。

おじいちゃんは、人付き合いを大事にし、さらに「厳格な人」だったから、昔は色々あったに違いない。

 

おばあちゃんの育った環境や、結婚してからの苦労が恐らく顔に出ていたのだと思う。

 

島にいるイトコ達の中でも年長さんだった私。

それなのに、お手伝いも進んでやらない役立たずだったから、呆れていたはずだ。

 

何かあれば「あんたが年上なんだから」と注意された。

 

2組のイトコは「母と離別」していたこともあり、祖母をめぐってケンカになるほど祖母が大好きだった。

祖母は母親変わりになろうと、2組の孫たちを平等にかわいがることで、大変だった。

・・・と、今ならそう思う。

 

でも当時は「私はかわいくない孫と思われている」という劣等感から、次第に祖母に近づけなくなった。

 

父は実家に連れて行きたがるが、私は嫌がってよく怒られた。

父は当然孫を見せたいし、自分も親が見たかったはず。

それに、実家に行ったら畑の野菜がもらえるし、近くの海で魚が獲れる。

 

だから結局・・・渋々父の里帰りに着いて行く。

 

とまぁ、そんなダメ孫な私は、父方の祖母だけは歩み寄れなかった。

 

祖父の葬儀で、切ない気持ちになった私。

ところが、それからほどなくして、驚く出来事があった。

 

祖母の「認知症」である。

 

知ったきっかけは、私の妹が父に初めて孫を見せに行った時。

私もなぜか頼まれて同伴。

父は、認知症になった母を看るため、現在の奥さんと夫婦で実家に住んでいた。

 

私たちが家に入ると、おばあちゃんがにっこり笑って「あ~どうも」と軽く会釈した。

 

それはそれは、穏やかな笑顔だった。

 

いつも眉間にシワを寄せていた祖母の、初めてのおだやかな笑顔だった。

それが「認知症」によるもので、とても複雑だったが、それでもとても嬉しかった。

 

その次の言葉で「認知症」の現実を知る。

「どちらさん?」

 

私も妹も言葉を失った。

父が慌てて私と妹の名前を言って、説明する。

 

「ええ~そうね」

祖母は一瞬「ハッ」とした顔をし、私を見て笑った。

一瞬だったが、私をちゃんと見て笑った気がした。

 

妹が父に、当時赤ちゃんだった長男を抱かせた。

顔がほころぶ父を見て、祖母が一言。

「あら~、アンタ(父)に似てるような気がする」

みんなは爆笑した。

 

父が「当たり前だ!オレの孫なんだから!!」と言ってまた皆で笑う。

 

父に思い切って、祖母の症状を聞いたら、一般的によく耳にするものだった。

「ご飯を食べた数時間後に『ご飯はまだ?』って言う」と。

 

認知症は、介護側の負担など色々と大変で・・・

本人がほぼ記憶を無くしてしまうわけで・・・

何とも言えない切なさを感じた。

 

でもほんの少しだけ、認知症になって良かったのかもしれない、と思った。

 

おばあちゃんの「おだやかな笑顔」が、「かわいい笑顔」が見れたこと。

色んな苦労の数だけ眉間にシワを寄せていた祖母が、その重いストレスを全て下したんだと感じたこと。

そして、長く引きずることなく、老衰で人生を終えたこと。

 

でもそれは、何より父と奥さんが祖母と同居し、一生懸命尽くしたお陰である。

 

以上、主婦ライター「ドラタケちゃん」でした。

トウトゥガナシ(感謝)

サバの水煮でさっぱり。牛乳無しカルボナーラ風。

我が家の飲んだくれ大食い夫の注文。

パスタを要求されました。

 

冷蔵庫にはキャベツ・玉ねぎ・しめじ・エノキ・果物・乾燥椎茸。

ちなみに冷蔵庫の乾燥椎茸、、、

実家から母が来た際に、冷蔵庫に入れられました。

(母は何でも冷蔵庫保存派)

 

冷凍庫にはササミ。

ササミを解凍するのでさえ面倒だと感じるこの頃。

本当のズボラ主婦です(笑)

 

夫はよくサバ缶を入れ、フレーク状のカレー粉で味付けした「節約パスタ」を披露します。

 

今回も同じように提案されました。

・・・が、ズボラ主婦の意地が(笑)

色んな引き出しを開けて確認し、コーンスープ発見。

 

牛乳も無いのにカルボナーラが食べたくなったー!

といことで、なんちゃってカルボナーラです。

f:id:doratake_3JSB:20180913141726j:plain

超質素(笑)しかもカルボナーラ風に見えない。

※味はどちらかというとカルボーナーラですよ~

 

ダイエットや節約を考えている方におすすめです。

 

<材料>(3人分)

★パスタ・・・300g

★オリーブオイル

★(あれば)バター10g

★しめじ・・・1袋

★玉ねぎ・・・1個

★サバの水煮缶・・・2個

味つけ用

☆コーンスープの素・・・3~4袋

クレイジーソルト(無ければ味塩コショウで)

☆ブラックペッパー

☆(あれば)乾燥バジル、パセリ等

 

<作り方>

①パスタを茹でる。(商品に書いてある規定の時間を参考に)

②玉ねぎを千切りに、しめじをバラバラに、サバ缶の身をほぐす。

③②をオリーブオイルとバターで炒め、塩コショウをお好みで。(中火)

f:id:doratake_3JSB:20180913142125j:plain

④さらにコーンスープの素と水を投入。

※水は茹で汁で少なめ。1袋分少ない分量、例えば3袋使用の場合は2袋分の水の量でOK。

f:id:doratake_3JSB:20180913142150j:plain

⑤最後に茹であがったパスタを絡める。

⑥皿に盛りつけたあとに、ブラックペッパー・乾燥バジルをかける。

 

以上ですが、感想としては思ったより薄味。

だから「さっぱり風味のなんちゃってカルボナーラ」(笑)

 

ちなみに私はソルトスパイスを「8振り」ほど、スープの素は3袋で試しましたが、薄味でした。

300gならスパイスを多めに振る、またはスープの素を4袋以上にすると良いかもです。

 

ちなみに、しっかり濃厚のカルボナーラにする場合は、

④で水の代わりに牛乳を使用し、卵黄を投入

さらにコンソメを加えて味を調整します。

 

より濃厚に仕上がります。

生クリームを入れる方もいますよね。

 

でもズボラ主婦のテーマは「いかに残り物で簡単に」ですから。

 

今回使ったクレイジーソルト。(ネーミング・・・ヤバいね~笑)

f:id:doratake_3JSB:20180913141703j:plain

いくつか種類があったと思いますが、どれでも美味しくできると思います。

万能スパイス、高いけどつい買っちゃうんですよね。

それって・・・節約レシピにならない!?

レシピ自体は節約メニューなんです(笑)

 

今日も大食い夫が2人分平らげました。

やっぱり残らない(笑)

ま、それはうまくいったということですね。

 

夕飯考えようっと。

 

以上!


書くことが好きで、ブログで執筆練習をしている、

自分にとっての天職を追い求めている、
そんな主婦ライターのドラタケちゃんでした♪


今日もあなたとのご縁に尊尊我無
(トウトゥガナシ=感謝)★ミ

 

 

 

 

<追悼>樹木希林さんの生き様に見出した私の信念

世の中にまた1つ衝撃が走りました。

日本が誇る名女優「樹木希林さん」の訃報ニュース。

 

全身ガンを患っていたとメディアで報じられた時は驚きました。

 

過去に舞台挨拶などのニュースを拝見した際は、 いつも軽快なトークで場を和ませたり、時には質問者を困らせる発言をされたり・・・

 

そんな樹木さんのイメージは、私にとって

「人々の度肝を抜く大女優」でした。

 

今回、なぜ樹木さんの訃報について触れたかと言いますと、樹木さんの生き様に感銘を受けたからです。

 

樹木さんについて、何が凄いか、

これまでどんな偉業を成し遂げてこられたのか、という濃い話題を語ることはできません・・・

(樹木さんごめんなさい)

 

でも、1つだけ言いたいのは、

 

私も樹木さんのような生き様を目指したい、

と強く思ったこと。

 

数々の名言を残された樹木さんですが、

私が特に印象に残っているのは、

 

(※老衰としてのお話の中で

「死ぬことに周りが執着し過ぎている」

「生きるのも日常、死ぬのも日常」

「最後までに、自分の全てを使い切りたい」

 

この3つです。

 

若い世代が発言したって、批判されるだけ。

 

でも樹木さんは、いわゆる「シルバー年齢」

になってからも、死生観についてブレずに語り続け、最後までご自分を貫きました。

 

「死」というものを重いものにせず、

笑いさえ交えて、自分の生き様を見せることにより、お茶の間の私たちに、

「死がやってくるのは当たり前のことなんだ、と気づかせてくれたのです。

 

ちょっと私の話になりますが、

今、父とは疎遠になってしまっています。

でも母とは死生観について語るほど、

本音で語り合えるようになりました。

 

母とは、お互い苦労した分、

今は旅行に連れて行ってあげたり、

私なりの親孝行をしているつもりです。

 

親や自分の死についてなんて、

重いテーマを偉そうに語りたいのでは無いけど。

 

親の老衰が受け入れられない1つに、

「親孝行できなかった」

という後悔が理由になっていると思います。

 

家族としては、

「長生きして欲しい」

という想いが一番なのですが・・・

 

では、いつが老衰?

「長生き」や「寿命」って何歳?

答えに「正解」なんてないですよね。

 

例え平均寿命より長く生きたとしても、

死と向き合える人なんてなかなかいません。

 

だからこそ、後悔の無いように、

会社員生活を辞めました。

親孝行はこれからも続け、母に寄り添います。

 

昔は、島外に就職したかったのに反対されて、家族を養っていく重圧が嫌でした。

 

でも私は島で結婚し、本当の意味で「人として」成長することができました。

母の趣味を共有し、毎年旅行に連れて行き、心から「これで良かった」と思えます。

 

母が強い人であるように、自分も強くなりたい。

笑って見送れるくらいの強い人間に。

きっと無理だけど;

 

でも自分が最期を迎える時は、

ただ「ありがとう」と言える、

そんな人間でありたい。

 

なんだか・・・

宮沢賢治さんの「雨ニモマケズ」を思い出しました。(笑)

素敵な詩です。

(これが遺作のメモだったとは驚きです)

 

さて、終盤。

 

私が今、死生観を語ったところで、

「あんたはまだ若いから、そんなことが言えるのよ」

と非難されて終わることでしょう。

(若い=アラフォーではあるけど、平均寿命の約半分という意味で)

 

先ほども「若い世代が(死生観について)発言したって、批判されるだけ」といいました。

 

でも、平均寿命より若い世代が「死」と向き合うことこそ大事なのだと思います。

 

寿命というものについて考えてみると、

私は今、逆算する時。

 

失敗することがあっても、

 

私はただ、ブレずに、

「最期は『素晴らしい人生をありがとう』と言うんだ」

という自分の信念を持って、老衰を目指し、歩み続けたいと思うのです。

 

以上!


書くことが好きで、ブログで執筆練習をしている、

自分にとっての天職を追い求めている、
そんな主婦ライターのドラタケちゃんでした♪


今日もあなたとのご縁に尊尊我無
(トウトゥガナシ=感謝)★ミ

 

 

 

 

確信犯のパリピ夫

f:id:doratake_3JSB:20180910233707p:plain

終わったーーー!!!

少し苦手な執筆案件のお仕事、ギリギリで提出完了。

明日は一日オフにしよっかな~、なんて。

 

ライターは自由がきくけど、油断禁物。

 

次の仕事、ちょっと前に行った「取材」の執筆が待っている。

写真をまとめているクライアントさんの指示待ち。

その間に少しでも執筆できるところはやっておかないとね。

 

さて、本日のお題は「確信犯のパリピ夫」。

公開処刑第2弾よ!!

 

ま~たやらかした。

 

パリピって色々あるよねー。

って私は思っているけど・・・。

 

夫の場合は「ダチ飲み」の部類。

私の中ではね、酔っぱらうのが好きな人もパリピ星人。

 

だって夫は「酔うと~なんか楽しいじゃん?」

というアホ。

あ、ごめんなさい。

私も同じでした(笑)

 

でも、ヤツ(夫)みたく酒に飲まれない!

 

酒に飲まれている人を見た時ほど情けない気持ちになることは無い。

 

ヤツが帰って来たの、朝の4時でした・・・

 

私達夫婦のこと「本当に仲が良いよね~」

と羨ましがってくれる方々いますが・・・

 

それなりに耐え貫いています。

お互いにね(笑)

 

ヤツ(夫)は酔って帰って来るとトイレに数十分入り浸る。

吐いているのか居眠りしているのか分からない。

 

朝になってトイレに入ると必ず、

「ペーパーホルダーカバー」が下に落ちている。

 

玄関の靴箱の上には、スマホと制汗剤シートと時計がキレイに並び、

(そこは酔ってもA型の性質が出る夫)

洗濯機の上には財布が置かれ、

洗濯機には、ズボンが半分だけ入っている。

 

当の本人は、正座の状態でなぜか床にうつ伏せ、

腕を真っ直ぐ伸ばしていた。

 

パッと見ストレッチだけど、

そのまま静止状態だからね。

 

大丈夫かと思って話しかけたら

「酔っぱらってます~」

との返事。

 

私「コイツ、マジでやばい」

って心底思った(笑)

 

これまでは毎回、優しく話を聞いてあげた私。

酔ってご機嫌な夫の「飲み会での出来事」。

 

みんな独身男ばかり(しかも『友達は』イケメンが多い)なのに、

なぜかキャバ嬢にモテたのは自分だけという自慢。

 

自分がモテてしまったために、

イケメン友達に嫉妬されたという自慢。

 

どんな自慢話も耐えてやった。←上から

 

でも、気持ち悪くなるまで酒に飲まれて、

ドタバタ、ガサガサと、部屋中をウロウロされて、

 

やっと寝たと思ったら、

牛や馬が鼻を鳴らすような大イビキ。

 

こんなんじゃ、もー

仏の私も耐えられない。←自分は「仏」扱い

 

だから私は、玄関側にある事務所(ダンナの本業は自営の電気工事)に行って寝た。

 

枕片手にヨガマットを持って行って。

固い床にヨガマットを敷いた時は悲しくなったわ。

(あ、本気にしないでね)

 

その日は私、仕事もあって、

執筆に時間がかかり、夜中の2時に就寝したばかりだった。

 

でも、4時に帰って来てガサガサする夫のせいで起きて、

事務所に移動して5時に寝て・・・

 

そしたら1時間後、大きな「ドンッ!!」て音で目が覚めたの。

何だったんだろう、と一応夫のいるベッドに行ったら・・・

ベッドと壁の隙間に夫が落ちていた(笑)

 

超爆笑!!

 

ざま~みろと思ったよ。

 

以上!


書くことが好きで、ブログで執筆練習をしている、

自分にとっての天職を追い求めている、
そんな主婦ライターのドラタケちゃんでした♪

 

今日は雑記ブログだから練習にならないけど、

やっぱりブログはコレがいい(笑)

次回は取材のお仕事レポかな♪

そちらもお楽しみに~!


今日もあなたとのご縁に尊尊我無
(トウトゥガナシ=感謝)★ミ

 

 

一度だけの家族旅行

f:id:doratake_3JSB:20180815105738j:plain

いつの週かの「はてなブログ今週のお題』」だった家族旅行。

少し書き溜めていたけど、最近ブログをおサボり中だったお陰で、もうお題が変わっていたわ。(笑)

どうせなら最後まで書いてみるから、暇なら見てね。

 

一度だけ家族旅行に行った、というただの思い出話なんだけど。

 

確か私が小学校4年生くらいの頃。

弟が小学校3年生で、妹は5歳。

私ですら記憶が曖昧だから、妹なんてほぼ覚えていないかな。

 

かわいそうだけど、こんな時、長女で良かったと思った。

 

夏休みの時期で、行った先は宮崎と熊本。

しかも、イトコ2人と叔母と祖母(母方)も一緒♪

すごくテンション上がったな~。

 

夏休みの後、学校が始まったら「ディズニーランド行った 」とか、

クラスの少数派が思い出話をしているわけで。

 

奄美は、旅行といったら必ず船や飛行機を使うから、

家族旅行なんて行った人は少なかった。(と思う)

今はLCC路線とか色々普及しているから、海外も行っている家族がいるのかな。

 

今となっては、たった一度でも・・・

行き先が九州でも・・・(奄美も九州)

連れて行ってくれた父に感謝。

 

父と母はもう別々の道を歩んでいて、

父には会っていないけど、

父と旅行の話をしてみたい、と思うこのごろ。

 

父が手配したと聞いた時は、「あの父が」レンタカーや宿を?

それとも旅行会社に電話して相談した?

・・・って、ビックリしたんだー。

 

どっちにしても、手配の電話をする父が想像できなくて(笑)

寡黙で愛想が下手な父だから。

そんな父が、頑張って手配して連れて行ってくれたと思うと感慨深い。

 

確か・・・初日は宮崎!

ワンボックスカーをレンタルして、父の運転で私は助手席に乗ったの。

なぜそこまで覚えているかというと、

父がどこかの真っ直ぐな道で「手放し運転」をしたから。

※絶対にやってはいけないことです。時効ということで(苦笑)

 

「危ないでしょ!」と叱る母。

でも私は「凄い!手放し運転できるの?」と感動したんだよね。

 

こんなことでもワクワクした昔の記憶。

 

それでね、シーガイアリゾートに行ったの。

今はなくなってしまったけど(泣)

 

当時は世界最大級と言われていた屋内プールの「オーシャンドーム」があったんだよ。

プールなのに「人工波」もあって凄かった!

 

でもなぜか泳いだ記憶が無い。

屋内のリゾートテーマパークという雰囲気は覚えているのだけど。

(ジャングルのような亜熱帯的雰囲気)

 

泳ぐことはそんなに好きじゃなかったから、泳いでないのかな(笑)

 

あとサボテン公園(後にサボテンハーブ園となった)て所にも行ったの!!

サボテンアイスを食べたのも良い思い出。味は覚えていないけど;

確か、ここで集合写真を撮ったんだー。

 

懐かしくなってネットで調べたら、2005年に既に閉園していた。

(だいぶ前に終わってたんだね)

時代の厳しさを実感したよねー。

 

2日目は熊本の遊園地。

これは妹以外、皆小学生だったから大はしゃぎ。

初めての遊園地だったから。

 

弟はチビだったから、身長が少し足らないものばかり。

それなのに、父は自分がいるから大丈夫だと、根拠の無い自信で色々乗せたの。

 

ドラゴンボートという「船がおよそ90度くらい傾く乗り物」では、弟は体が浮いて父が押さえていたとか・・・

 

そんな父に母だけが猛烈に怒っていたけどね。

当然だ。

 

身長が微妙でも、親が平然と「大丈夫」と言えばOKだったのかな!?

※これも絶対ダメ!!時効ということで(苦笑);;

 

そういえばね、観覧車ではね「この高さ、ヤバイ」って思ったの。

弟も私も下にもぐってしまい、座って景色を楽しむことができなかった。

 

これがきっかけで、私は自分が高所恐怖症であることに気づいたの。

ドラゴンボートも乗った後にダメだと思った)

 

ここからが私の地獄だった。

気が付けば私の「スタンプカード」はなぜか従姉が持っていたの。

「あんたのも押しておいたよ!」と嬉しそうに色々押してくれるワケ。

 (※スタンプカード=乗り放題の周遊券。当時のチケット制度。)

 

すごく嫌だったけど、一生に一度の思い出だと思い(10歳なのに)、思い切って2回転するジェットコースターを体験したのね。

 

そしたら次は「立って乗るジェットコースター」

いつの間にか、そのコースターのスタンプが押されていたのよね。

 

私は断固拒否。

結局、絶叫マシンを堪能していたのは従姉と叔母だけ。

 

その後も従姉はあきらめることなく、嫌がる私に今度は「お化け屋敷」のスタンプを押して連れ込んだのよ~。

これも一生の思い出だと思い(10歳が)、みんなでお化け屋敷に入ったわけよ。

 

ここでは、2人の知らないお姉さんたちが、急きょ合流。

入口で怖がって躊躇していたの。

 

どう見ても20代なのに、私たちの後ろに付く(笑)

 

ベタに壁がガタガタ鳴ったり、人形が光ったり。

お姉さんも私達も叫んでばかりだった(笑)

 

最後の出口の明かりが見えたと思ったら、突然お姉さんたちが私達をかきわけて走って行ってね。

何かと思って振り返ったら、顔の見えない黒いゾンビのような影が見えたワケ。

その瞬間みんな猛ダッシュ!!

 

足の遅い私だけ、出遅れる。

階段に足をかけたらなんと階段が滑り台に変化。

下まで滑っていった私。

 

たかがお化け屋敷なのに、目の前のゾンビに私は人生が終わったと思ったわ。

でもそこでイトコ2人が戻って来て、私の手を引いて出口まで連れ出してくれたの。

 

いかにもって思い出よね。

 

3日目が最終日で、動物園に行ったんだ。

確かサファリパークのようなところ。

シマウマ柄のジープに乗ってキリンやラクダとか見たの。

 

ロバに乗ったり、モルモットやウサギの小動物と触れ合ったのも楽しかった。

でもなぜか未だに気になることが1つだけ・・・

 

子供たちだけで集合して撮った写真。

なぜかライオンの檻の前だった。

 

ちょうどライオンがカメラ目線でメンチ切ってる横にみんな並んでいる。

誰もライオン好きというわけでは無かったのに。

恐らく「ライオンがいる動物園に行く、なんてこの先あるかわからない」という理由かな!

 

当時はビデオも無かったし、写真はわずかしか残っていなかった。

でも旅行の記憶は、残っているものなんだよね。

 

一度だけでも、

家族旅行とか、家族で思い出を残すことって大事だね。

 

以上!

 

書くことが好きで、ブログで執筆練習をしている、

自分にとっての天職を追い求めている、
そんな主婦ライターのドラタケちゃんでした♪


今日もあなたとのご縁に尊尊我無
(トウトゥガナシ=感謝)★ミ

アマービレ吹奏楽団結成30周年。記念演奏会やりました!!

8月は超ハードだったな~。

中でも、仕事と楽団!!

 

8月18日(土)は「アマービレ吹奏楽団結成30周年」

の記念演奏会が開催されました。

f:id:doratake_3JSB:20180825141001j:plain

※第2ステージ小学生と合同より

 

せっかくの文化センターでの開催でしたが。

残念ながら・・・客足伸びず。

 

宣伝も力入れたんですけどねー。

OBOG、小学生との合同でスペシャルステージだったんですけどねー。

「なんだかんだ8月ってイベント多いから」

と、自分に言い聞かせた私でした。

 

それにしても、打楽器の位置から見る舞台景色は最高!!

特別な記念演奏会だからこその特別な景色をしっかり目に焼き付けた私でした。(楽器と団員の多さ!!)

※いつもはもっと少ないし会場もホールじゃない(笑)

f:id:doratake_3JSB:20180825140833p:plain

ゲネプロ(本番前リハ)の様子

 

まずは開演ブザーを「ファゴット奏者」が演出。

「ブー」と鳴る音を見事に楽器で表現♪

 

このファゴット奏者は、実はヴィオリスト。

オケと吹奏楽を掛け持ちされています。

 

私がサックスを始めた頃(4月)に、この方はファゴットを始めました。

私はサックスで1曲だけですが、このヴィオリストさんはファゴット全曲やりました!

凄い!!

 

<プロローグ>

クラリネットアンサンブル」

クラリネットポルカ

 

開演後、クラリネットアンサンブルからスタート。

ポルカに「さすが!!」の一言。

しかもご縁あって、東京からプロ奏者の「横田揺子先生」がゲストで参加して下さいました。

 

アマービレのクラ奏者は優等生揃い。

いつも息がピッタリで、結束力があります。

結構なテンポの速さでしたが、11名が見事に息を合わせ、実にスマートな演奏でした。

 

<第1ステージ>

「OBOG合同」

♪TANABATA

♪そりすべり

♪ディズニーメドレー

 

さて、1ステから思い出を語ります。

私が過去に初めて「1人パーカッション」を経験した曲「TANABATA」です。

 

当時は打楽器が1人で、どこまでやれるかを楽しんだ記憶があります。

スネアにバスドラにシンバルに、ウッドブロックにタンバリン、トライアングル、ティンパニ、グロッケンソロ。

 

自分の打楽器センスが試された曲。

楽譜に色々加筆してあって、懐かしくなりました。

 

でも今回のTANABATAは、スネア(小太鼓)とバスドラム(大太鼓)だけ。

なので、ゆっくりじっくり余韻に浸る余裕すらありました(笑)

そのくらい叩きこんだ曲でした。

 

今回の合同は打楽器のOGもいて安泰。

しかもティンパニシロフォンありで楽器が充実。

迫力満点でした。

(あ、うちの楽団、普段はタムでティンパをやってます)

 

そりすべりは、クリスマスの定番です。

でも「アマービレといえば」というくらい、定番にやってきた曲なので、団員の希望も多かったということ(笑)

 

ディズニーメドレーも同じ。

というか、1ステのテーマが「アマービレ定番」の曲でした。

この日は団員が指揮をしたけど、うちの楽団、これまでほぼ「指揮者無し」でやっていたんですよ。

ドラムとチューバのコンビで息を合わせて。

(ほぼチューバが私に合わせてくれた!!感謝)

 

そんな思い出が蘇るステージでした。

 

<休憩>

「サックスアンサンブル」

ピンクパンサーのテーマ

 

次に2ステ前のおまけステージ。

私がドラム以上に練習した、アルトサックスの見せ場です。

 

実はゲネプロ(本番前の最終リハ)で色々ありまして。

リードの調子が悪く「ピャーピャー」鳴って、テンションだだ下がり。

不安いっぱいでした。

これまでのリードを使いまわしていたら、なんか音が割れないようになって、本番は何とかなりました。

 

ただ・・・まさかの花道で演奏・・・

f:id:doratake_3JSB:20180825141126p:plain

※写真左から「アルトのわたくし♡、アルトをやるクラの子、テナー&アルトのOGさん、バリトンをやるトランペットの子」

 

立ち位置の「バミリ」を確認した時は「マジか~」と思いました。 

客が目の前。

薄暗い中、4人だけにスポットライトが当たるんですよ!? 

 

緊張のあまり口が渇いて、唇が開かなくて上手くブレスができず、音が出しづらかった(笑)

 

それでも、終わったらたくさんの人に「サックス良かったよ」「だいぶ練習したんだね」と声をかけてもらいました。

 

意外だったのは、打楽器の後輩2人が

「ドラタケさんがサックスをやれるよう、自分たちドラムを頑張ります」

って言ってくれたこと。

(ありがとー!!)

 

<第2ステージ>

「未来の団員(小学生)合同」

365日の紙飛行機

♪夢を叶えてドラえもん

♪タイムカプセル

 

2ステは一部の小学校の子供たちと合同演奏。

ここでは最初の1曲だけグロッケンに挑戦です。

ドラム以外をやるのって滅多に無いので緊張しました。

(横に小学生いるし)

 

365日~の曲のドラムはうちの打楽器のアイドル

「JKキラー男子」

ミッキーが頑張りました♪

これで小学生女子も虜に!? (笑)

 

 

<第3ステージ>

西郷どんメインテーマ

カーペンターズ・フォーエバー

 

3ステもOBOGと合同です!

西郷どんメインテーマ」が忙しかった(笑)

あのN〇Kの大河ドラマのやつです。

 

出だしからシロフォン(木琴)ほんの1小節やったら、すぐグロッケン(鉄琴)に移動。

続いてビブラフォン(大きさは木琴だけど、音はソフトな鉄琴)にも移動し、次はなんと三味線(笑)

 

この楽譜、初めて見たときは驚きました。

打楽器の楽譜に三味線。

三味線が無ければシロフォン(木琴)で代用です。

もう打楽器、便利屋さんです(笑)

 

これがまたわたくし、三味線も持ってまして、大活躍♪

ゲネプロで文化センターのスタッフーさんが、気を利かせて「マイク」設置。

 

でも三味線のチューニングは難しい。

管楽器の音に合わせづらい(しかも私素人)

なのにマイクで目立つという危機。

 

それでも三味線があるのが奄美ならでは。

奄美も舞台になった西郷どんのドラマなので、

三味線必要でしょ!!やっぱり。

ちょっとトチったけど、評判良かった♪(笑)

 

カーペンターズ・フォーエバーは、愛しのリンリン(以前はい~ちゃんって言ってたけど変更)がドラム頑張りました。

Fillin(アドリブ)のタム、カッコ良かったー!!

私はライドシンバルのロール担当♪

 

なので、途中は手拍子して「客の煽り」を入れました(笑)

(お客さんがノッてくれたから良かった★)

 

<アンコール>

♪ディスコ・キッド

♪ロマネスク

 

アンコールは「1977年の吹奏楽コンクール課題曲」の1つにもなったディスコ・キッドと、アマービレの演奏会幕締めでよく使われたロマネスク。 

 

ディスコ・キッド、思いきり叩きました。

新しく楽団に買ってもらったドラムセットのお披露目!

 

小さ目なので、大所帯の管楽器に負けないよう・・・

力いっぱい叩いたのは初めてでした(笑)

 

専用のマットありましたけど、ひな壇が揺れて少し叩きづらかった。

どんだけ力強いワケ?ワタクシ。

 

最後くらいに、スティック「くるくる」

やってやりましたよ(笑)

30周年ですからね。

カッコつけたくてね。

 

そしてアンコールのロマネスクでしっとりムード♪

ラストの「JKキラー打楽器男子」ミッキー、

ティンパニめっちゃカッコ良かった~!!

タントン タントン タントン

タン、トン、、、タラララララ~のロール。

あー・・・これじゃ伝わんね(笑)

 

以上!

書くことが好きで、ブログで執筆練習をしている。

自分にとっての天職を追い求めている。
そんな主婦ライターのドラタケちゃんでした♪


今日もあなたとのご縁に尊尊我無
(トウトゥガナシ=感謝)★ミ

子供の頃、送り盆が一大イベントでした

f:id:doratake_3JSB:20180824163947j:plain

こんにちは!
主婦ライターのドラタケちゃんです♪


書くことが好きで、ブログで執筆練習をしております。

そして自分にとっての天職を追い求めています!

 

みなさん、お盆休みいかがでしたか?

ここ奄美大島では、今がお盆です。

旧盆でして、昨日がお迎えでした。

 

昨日は久しぶりに妹と甥っ子たち、そして母と一緒に「母の兄妹一家」へ挨拶廻りをしてきました。

 

オジやオバには、私が幼い頃、家庭の事情でしばらく厄介になったことがありました。

そのため、お礼参りの意味もあり毎年、御佛前をお供えします。

  

お盆って、テレビで拝見すると地域によって様々なんですよねー!

 

そこで今回は子供の頃の「お盆」にまつわる思い出です。

 

むかしむかし、まだ私が小学校中学年くらいだった頃(笑)

「送り盆」が一大イベントでした。

といっても、奄美の中心地から奄美の田舎に行くだけ(笑)

 

それでも・・・

イトコに会える!

マンガが読める!(イトコの家にはいっぱいあった!)

泳げる!

 

色んな楽しみがありました。

 

朝から父の実家に行って、イトコと遊んで。

周辺にヤギがいたから見に行って。

お昼ご飯は祖父が漁で獲った魚のお味噌汁など、魚介づくし♪

祖母のポテトサラダも美味しかったな~。

 

畑で農業体験をしたり、近くの海で魚を触ったりもした。

色んな体験をさせてもらったなー。

 

お盆の日って、海に入ってはいけないと言われていたけど・・・

私も含め、子供たちは皆、普通に海に入ってた(笑)

それが田舎なのか!?(怒られていたけどね)

 

父方のご先祖様をお墓まで送ったら、次は母の実家へ。

母方の実家の地域のお盆風習は「早く迎えてゆっくり送る」。

なので送り盆の日は、母の実家が最後です。

早めに行って子供たちを遊ばせて、夜にみんなでお墓に行くというパターンです。

 

実はここからがテンションMAX(笑)。

母は5人兄弟ですが、5人とも島に在住です。

だから、兄弟が揃うと子供たちは総勢12名!!

子供年齢が「5歳から15歳」くらいの時がピークかな。

 

5分おきに子供がケンカしたり、物を壊したり。

私の妹はカミソリで指を切って病院行きになりました(笑)

(しかも泣かずに指を見つめていたカオスな妹)

 

母の実家も歩いて海に行けるので、子供たちは「ちょっとだけ」と言い訳して、すぐ海に行き「ずぶ濡れ」になります。

結局ここでも普通に泳ぎ、遊んで叱られます(笑)

 

ここの海のお楽しみポイントが堤防。

堤防から「飛び込み」を始めます。

しかも「足がつかない」深さ!

 

回転しながら飛んだり、年上の兄ちゃんに投げられたり。

アホみたいに飛び込みます(笑)

 

泳ぎ終わったら帰って水浴びして、すぐキッチンにダッシュです。

料理上手なオバたちが料理を並べています。

オジたちは野球観戦と酒盛りで上機嫌です。

 

子供たちはすぐ「つまみ喰い」をしてまた叱られます。

 

奄美の郷土料理でもある「あおさの天ぷら」「餅の天ぷら」

でもやっぱり一番忘れられないのは「エビフライ」

オバが作る料理はどれも絶品!!!

(母じゃないです、オバです)

 

そして、みんなで夕飯を囲んで団らんのひととき。

食べ終わったら片づけたりして、夜の9時くらいに出発です。

 

遅い時間に送るというのがこの地域の伝統。

 

真っ暗い中、誰かとすれ違っては、懐中電灯や提灯を照らし合って、

「あげ~、ヨ~リヨ~リじゃや~」

(あら~、ゆっくりゆっくりだね~)

 

と声を掛け合います。

この地域性が大好き。

 

歩いている途中で、イトコの誰かの提灯が必ず燃えます。

(必ず目にする光景だよね)

 

お墓に着いたら、直系のご先祖様をお参り。

そしてご先祖様のご親戚とかで、他にも数か所にお線香をあげ、お参り。

最後はお墓を出る際に、厄払いの焼酎を少々頭にかけます。

 

家に帰りつき、一息ついた頃、夜の10時頃には町内放送。

「これより、集会場前にて8月踊り(盆踊り)を開催します」

みんな元気です(笑)

 

時には盆踊りに行ったり、時にはイトコたちで花火をしたり。

 

あれからウン十年。

今の私は夫と義父母との二世帯暮らし。

この家でお仏壇を守っています。

夫の親戚はなかなか帰省が難しいようで、毎年私達4人だけでひっそり、おごそかにお盆を過ごしています。

 

それはそれで良いのです。

でも、昔を懐かしむ気持ちも何だか心地良い。

(自己陶酔!?)

 

「母やオバ達は、毎年みんなで色々準備してくれていたんだな~」

「あの頃が懐かしいな~・・・」

もう二度と戻ることはできない「あの頃のお盆」

大切な、大切な思い出です。 

 

では!

今日もあなたとのご縁に尊尊我無

(トウトゥガナシ=感謝)★ミ