アニメ「美味しんぼ」の海原雄山は究極の「上島竜兵メソッド」
また一日一食が始まったわ。
それで、別にストレスってわけじゃないのよ。
逆にその分、ご飯を作る手間もだいぶ省けているし(言い出したのはダンナだし)、コスト削減で生活費も抑えられる!
けど・・・けども!!
見ちゃうよね~、グルメ番組(笑)←食いしん坊バンザイ
Huluでさ、深夜食堂を見たってレビューも書いたけど。
アニメ「美味しんぼ」を再視聴したの!←過去にテレビで見た
今日はしっかりとしたライティング練習じゃないんだけど~
でもプレゼンしたい(笑)
・・・海原雄山という男について(笑)
Huluは「美味しんぼ」もやってたのよ、ビックリ!!
これ、もう30代前半の人とかは、上の兄弟がいないとわかんないよね。
機会があったらグルメ好きはぜひ見てよ!
超おもしろいから。←レビューしろ!
(権利上の問題でHuluは視聴できないエピソードもあるみたいだけど)
ざっくり説明すると、以下のとおり。
★主人公は東西新聞文化部の記者「山岡士郎(やまおかしろう)」。
新人記者の「栗田ゆう子」とともに、会社の創立100周年記念事業としての「究極のメニュー」づくりに取り組むことになる。
※味覚テストに合格した2人
そこに立ちはだかる美食家「海原雄山(かいばらゆうざん)」。
そして、海原は実は山岡の実父。←ネタバレごめん、これは序盤でわかるから
(※わけあって、士郎は母親の姓を名乗っている)
ライバル紙の帝都新聞が「至高のメニュー」という企画で対抗し、海原を監修につけたことで、結局は「究極のメニュー(息子)」VS「至高のメニュー(父)」の料理対決となる。★
※「至高のメニュー」が「孤高のメニュー」になっていたので訂正しています😅
(2019.1.11)
というグルメ漫画がアニメ化されたもの!
でもね、ドラタケ(=私)的に~、ひと言で説明すると~
海原雄山の息子溺愛物語
これは一度こどもの頃に見たけど、最近またHuluで見て「改めて思った感想」
子どもの頃に見たものって、今見てみると「あれ?こんな感じだったっけ?」って思うことない?
まさにそれ!!
子どもの頃に見た山岡さんは(さん付け)、なんか知的な大人って感じで~かっこいい!
子どもの頃に見た栗田さんは(さん付け)、なんか完璧なしっかり者って感じで~そつが無い!
でも、大人になって見た山岡は(呼び捨て)、思った以上にぐうたら!!
会社で競馬、寝る、昼ごはんだけしっかり食べに出る。
マジ無理。
大人になって見た栗田ちゃんは(ちゃん付け)、「かわいい」に変化したくらいだけど←自分がオバサン化しただけ
でも意外と短気だったり、ヤキモチを妬く性格だったことに驚く。
そして子どもの頃に見た、偉そうで意地悪ジジイだったあの「海原雄山」が、こんなにもイイ父親だったなんて・・・。
子どもの頃に読んだ漫画とか、見たもの―。
また読みたい、見たい、と思うようになったよ。
「美味しんぼ」みたいにキャラクターが違って見えるのが、面白いから!
この漫画は原作と作画のコンビ作だそう!(ちゃんと紹介できなくてすみません)
超~美味しそうに見えるお料理はもちろん。
東西新聞の名キャラクターのストーリーとか、究極のメニューづくりにおいて貢献する職人さんのストーリーとか・・・
見どころいっぱいなの!!
私が初めて「食べ物(見た目)がリアル~」って驚いたアニメでもあるんだけど。
売れない料理人、新メニューがなかなか決まらない料理人。
そんな料理人を、実は料理も凄腕の山岡が救う。
多いのはこのパターンかな。
ただ。
ま~わざとらしいくらい「海原雄山班」と鉢合わせする!!
とあるお店の新メニューの発表場とか(笑)
まずね、序盤は士郎がアドバイスする店に「雄山」がことごとく現れ、イチャモンをつけるわけ。
息子の味覚を「『豚』や『猿』と同じ」と言っちゃうドギツイ人「雄山」。
赤の他人へも容赦ない。
「馬鹿ども」「きさまごとき」呼ばわり。
もしかして、オレ様キャラを流行らせたのはこの男?
この「雄山」はマジぶっ飛んだ人で。
特に和食に厳しい彼は、味がよほど気に入らなかった吸い物を、イチャモンすらつけずにお椀を投げた。
フランス料理のレストランの開店祝いに「ワサビ」を持ち込んだ。
すんごいムカつくんだけど、芸術家でもあり美食家で、会員制料亭「美食倶楽部」を主宰するほど超偉大な人なわけ、一応。
「和食の素晴らしさ=美学」と説く彼は、材料と技術だけに騙されない。
料理で人の心まで見抜く天才。
最初から最後まで、あまりにも偉そうな態度と言動に洗脳されるのか。
だんだん、彼の言っていることに納得しちゃうのよ。
むしろ感謝してあがめたくなる。(笑)
やっぱり日本人だもの、和食の美学に感動する!!
だから「和食の素晴らしさを教えてくれてありがとうございます、海原先生!!」ってなっちゃうわけ。
そんな偉大な父に士郎がかなうはずもなく、こてんぱんに「究極の味」が否定されるの。
でもでもでも!
父「雄山」は、なんだかんだでヒントを残して帰るんですよ。
さらには!!
士郎が「じゃあ、アンタはこれ以上のものが作れんのかよ」的なことを言うと・・・
雄山「明日、〇〇に来い!本物を味わせて、お前が二度と究極のメニューなんかつくれないように・・・」と最後ウダウダ言いながら・・・
えっ!?食べさせてあげるの?
結局、教えてあげてんじゃん・・・。
士郎は父親への復讐心でどんどん成長するわけ。
再び対決の日がくると、士郎の腕前が上がっていることに気づいた父?
「また、こんなクソマズイものを」みたいな文句たれながらも、士郎へのアドバイスが増えていくの。
もう・・・息子大好きじゃんっ♡
自分のアドバイスを忠実に守って・・・いや、むしろ想像を超えてくる息子に気を良くするパパ。
でも、認めはしない。
なんかね~、ダチョウ上島さんの熱湯風呂の名場面と似ている気がするんだよね。
上島さんの「押すなよ」=他の2人「えっ!?ダメなの!?」
上島さんが「絶対、押すなよ」=他の2人「了解!押せってことね」
で、2人は上島さんを押して落とすけど、結果3人の笑いが完成している。
↓
上島さんを雄山的に変換。
雄山「こんなクソマズイ」と士郎が監修した料理を不評→士郎は「なぜマズイと言われたのだろう」と考える。=タイミングが与えられている。
雄山「こんなくだらん材料だから〇〇な味しか出せん」※セリフは忠実ではありません。→調味料じゃなく、材料だよとヒントを与えられた士郎→「了解!この材料を使うってことだね」
=究極のメニューをつくり出す
結果、メニューづくりを成功した息子と、父の美食化としての評価がさらに上がった。
勝手にそう感じて・・・
息子のためにあらゆる手を差し伸べて、息子を成長させようとしている雄山が・・・ただただ、愛しかった。(笑)
そんな海原雄山の深い愛情に、今さら気づいた自分にビックリよ!!!←遅っ
海原雄山はまさに!!
究極の「上島竜兵メソッド」を持つ、孤高の「ツンツンパパ」だな。
アレ?あまりキマッてない!?(笑)
てなことで、美味しんぼ、見てみてね~
(完結を知って欲しいから、漫画もおすすめ!)
個性的なレビューを頑張ってみた私でした!
じゃ、せっかくだからHuluさん、貼っておこうっと♪
以上!
ブログで執筆練習をしながら、天職を追い求めている・・・
そんな主婦ライターのドラタケちゃんでした♪
今日もあなたとのご縁に尊尊我無
(トウトゥガナシ=感謝)★ミ
奄美の(というか私の)「年越し」をゆる~く紹介
遅れましてごめんあそばせ。
謹賀新年。←もう遅い!!
皆さま、2019年はどんな年にしたいですか?
私はといいますと、年末の「はてなお題」で「2019年、あなたの抱負は?」とありましたので・・・
即答で「三代目のライブに『初参戦』します」と言い切りましたら・・・
元旦に三代目のファンクラブサイトで、すぐ発表されました!
新曲発表とドームツアー♪
また熱くなりたいところですが、せっかくの年明けということで。
この時期にしか書けない地域ネタにします!
今回のテーマは「奄美の(というか私の)年越し」
私の両親も奄美出身で、島人だからこその経験を、たくさん学ばせてもらいました。
私がまだ幼かった頃、家族で過ごした年越しが、ふと懐かしくなりましたので、思い出に浸りながらご紹介します!
1.大晦日
奄美でももちろん、神社に行って、神様に一年の締めくくりのご挨拶や、明けてすぐのご挨拶をしている方々が多くいます。
残念ながら、私は家族で神社に行ったことはありませんでしたが。
関係ないけど、初めて友達だけで過ごした大晦日、19の夜←そこ強調
「なんかステキ」と教会に入ったら(私もダチもNoクリスチャン!)。
知らないマダムが歌詞の紙を手渡してくれて、立っては歌い、座っては神父様のお言葉を聞いて、また立って歌い・・・
そんなことを繰り返してたら、知らぬ間に神父様の新年のご挨拶が始まり、教会で年を越してしまったこともありました。(笑)
あ、思い出そうとしたら、ついそっちの思い出が先によみがえりました。
家族の話に戻ります。
家族の大晦日はやっぱり紅白です。
大晦日の夜は家族で紅白歌合戦を見ていました。←けんちゃんさっちゃんの衣装合戦最高!
テレビ番組は主である父の決定権にあります。
いつも、野球とか相撲とかプロレスとかばっかりで。←といいつつコレは影響されている
CMの間だけお笑い番組とかアニメとか、ちょこっとだけ見せてまた戻す。←これは嫌
そんな父が、紅白だけはワリと黙ってずっと見ていました。←でも誰のファンだったのかはわからない←ベストテンも見ていたのはナゼ?
母はずっと台所です。
体が弱く、外で働くことができなかった母ですが、ご飯を食べる時以外はじっとしていない人でした。
大晦日の夕飯は「豚の煮物」
年越しそばならぬ「年越し豚」(笑)
どうやら方言では「ウワンフネヤセ」と言うらしいです。←私の両親の地方は違う方言かも
(ウワン=豚、フネ=骨、ヤセ=野菜)
豚の煮物は骨付きのかたまりや軟骨を使います。
水で湯がいて脂を抜く作業を3回繰り返し、塩付けして圧力鍋で柔らかくします。
その後、島野菜を加え、さらにみりんや島ザラメ(黒糖)や醤油を使って薄く味付けします。
うちの島野菜はツワブキを使っていました。
今の私たちの世代では、どのくらいがこの伝統を守っているのでしょう。
実は私・・・今は「年越しそば」になってしまっています。^^;
だって、うらやましかったもん!本当は都会の年越しそばとお節が食べたかったんだもん!(笑)
2.お正月
奄美の伝統で、お正月には「三献(さんごん)」と呼ばれる儀式があります。
元旦の朝食です。(笑)
これも家庭や地方によって、ちょっと違いがあるようですが、「三献」がなくてお節という家庭もあるそう。
「三献」は、三つの膳のことから、お料理自体を「三献」とも呼びます。
一の膳は「『赤椀』7つの具材を入れた醤油ベースのお吸い物」
二の膳は「お刺身」
三の膳は「『黒椀』鶏出汁や豚出汁ベースのお吸い物」
一の膳の7つの具材とは以下のとおり決まっています。
1.昆布を敷く
2.お餅をのせる
3.しいたけ
4.えび
5.ゆでたまご
6.焼き魚か豚肉か鶏肉かかまぼこ
7.三つ葉か長めに切ったネギ
載せるのも恥ずかしいですが、こんなイメージ。←自作赤椀の吸い物
出汁はかつおやこんぶがベースで、醤油と塩をちょっと足すくらい。
二の膳のお刺身は、紅白の意味を持つ、赤身と白身魚(または、いかのお刺身)。
2~3切れずつで、きゅうりや大根のツマや大葉などを添えます。
三の膳は以下のとおり。※実家の伝統
1.地鶏ガラとささみで出汁を取り、ささみを裂いてまた入れる。
2.1の出汁に、サイコロ状に切った大根またはシブリ(島野菜の冬瓜)と人参を入れて煮る。
3.塩と醤油で味を整える。
4.黒椀に入れたら最後にきざみネギを入れる
3.新年の儀式
(※昔を回想しております)
「三献」は朝イチという決まりがありました。
そして、奇数で行うという決まりもありました。
恐らくお祝いごとに割れる数字は不吉という、お祝儀と同じ意味を含むのだと思います。
両親も知らなかったので一概に言えませんが。
両親の幼少時代は、外出用のオシャレ着で、身なりをきちんと整えて食卓に座っていたそうです。←朝イチから
裕福な家庭は紬やお着物だったとか。
当時の私たち家族はそこまでではありません、ただパジャマは怒られました。(笑)
ところで、私の家族は5人でした。
少しだけ歳の離れた妹がいますが、それまでは偶数。
その時は、母だけ時間を遅らせて「一人三献」をしたのだそうです。
覚えていなかったのですが、偶数の際はこうして誰か1人が時間をずらせば良いのだそう。
儀式の最初は「新年ご挨拶の儀」が執り行われます。←大げさに言っているだけですよ!
食卓を囲んで子供たちは全員正座です。
母が「おとそ」のセットと(うちは『おちょこ』だったような)、こんぶと、あたりめと、盛り塩がのった器を運んできます。
本当はお神酒ですが、うちは父の大好きな晩酌用の焼酎です。
(ちなみに島は、神社の奉献酒もお神酒も黒糖焼酎です)
父からまずは母へ。
そして母から父へ。
最後に父から子供たちへの順で、以下の儀式が始まります。
①「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」と、父が挨拶後にお酒(黒糖焼酎)を注ぎます。
受ける側も「明けまして~・・・」の挨拶後、お酒に口をつけます。
(当然ですが、子供たちは飲めないお年頃なので、ただ口につけるだけ)
②次に「健康で無事一年が過ごせますように。」と言って父が、箸でこんぶとあたりめを渡し、塩をのせます。
受ける側は両手を添えて、3点盛りを手にします。
そして新年を迎えることができた「感謝の気持ち」と今年の健康を祈願しながら食べます。
これが終わってから「三献」です。
「三献」は、全員が一の膳を食べ終えたら二の膳、という順で進めます。
ただ、全ての膳を食べる前に、一度お酒(本当はお神酒)を口にしてから食べる、というルールがあります。
この「三献」は、実はお正月だけじゃないんですよ。
奄美には赤ちゃん誕生の「100日祝い」、入学祝い、中学卒業祝いと、子供を祝う行事を親戚や知人や職場や近所、たくさんの人で祝う習慣があります。
こういったお祝い事の「おもてなし料理」としても、ふるまわれるんですね~。
ただ、三つの膳は一つずつ食べ終わってから出されますが、食べる前にお酒を口にするルールはここでは不要です!
4.最後に
奄美は大晦日の夜に「ツワブキと塩豚の煮物」で食べ納め、正月の食べ初めに「三献」という食文化があります。
塩をつけたこんぶとあたりめで一年の家族の健康を祈願し、「三献」で家族が揃って食事をする島の文化は素晴らしい財産です。
あ、食べ初めはこんぶかあたりめとなりますね(笑)
今の嫁ぎ先は、この風習がなかったようで、今年は思い切って「三献」をふるまってみたら、お礼にお節をごちそうになりました!
「三献」、「お節」と一日中優雅なごちそう・・・なんて贅沢♪
二世帯バンザイ!義父母様に感謝です。←うちは二世帯なんです!
この奄美の伝統文化を大切に守るため、今後もできるだけ「三献」を続けていきたいと思います。
実は圧力鍋も持っているので「ウワンフネヤセ」もチャレンジしないとね。(笑)
以上!
ブログで執筆練習をしながら、天職を追い求めている・・・
そんな主婦ライターのドラタケちゃんでした♪
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
今日もあなたとのご縁に尊尊我無
(トウトゥガナシ=感謝)★ミ
離島の田舎者が三代目JSBライブ初参戦を目指す!!
今週のお題「2019年の抱負」当然三代目J Soul Brothersのライブ初参戦です!!
NAOTOリーダーが言ったのです!
「一月一日に絶対喜んでもらえるような発表がある」と!!
ライブでしょ?
絶対ライブでしょーーー!!!←新曲発表よりライブを切望
ファン歴三代目三年目という浅い年月で、まだライブにも行ったことがないのに、実は今年冷めようとする自分がいました。←なんせアラフォー(冷静に年齢を気にした)
でも、同じファンの方のブログで目覚めました。
思えばこんなに楽曲をたくさん知って、メンバーや作詞作曲家、バンドメンバーと色々調べるほど好きになったのは、三代目が初めてなのです!!
ライブというステージの生パフォーマンス、生演奏や生のメンバーを見たいのはもちろん・・・
ですが、ファンが集う空間というものにも興味が湧きました!!
バーのカラオケで三代目の楽曲を歌っても「R.Y.U.S.E.I」と「花火」以外は誰も反応してくれません。
でもライブは当然ながらファンが大多数です。
みんながノリノリで口ずさんで、どの曲でも盛り上がるのです。
それこそ、たまたま隣同士となった知らない人と、ファン仲間ということで交流が始まる・・・なんて出会いがあるかもしれません!!←妄想が暴走
私はと言いますと、ライブチケット落選したのにツアーグッズ買って。
自分が趣味でやっている社会人吹奏楽団のコンサートでは、そのツアー名が入ったリストバンドをつけてドラムを叩き・・・←I'm Lorenzo!!
楽団の練習やちょっとした買い物など、外出時には健二郎バッグを使い・・・
(ちなみにバッグにはグッズアクセサリーがぶらさがっている)
特別な外出時にはOmiフレグランスをつけて・・・←そこは永久保存だろ!!
ライブDVDを観賞しながら自宅でマフラータオルを振り回して・・・
アラフォーでファンというだけでもイタイのに、日常がこんな状態でした。
でもライブに行けば、同じグッズを持ったファンがたくさんいるんでしょ?
「おっ、エリーファンだね♪」「この人は直己さん推しなんだ♪」なんて、観察したくなっちゃうよね~きっと♡
私?私は推しはいません。
たどりついた推しメンは、バンドメンバーでドラマーのロレンゾ様です♡←三代目じゃないよね;
そういえば夫は、三代目のあるメンバーさんと同じ名。
グッズにローマ字のプリント入りの何かを見つけると、自分と同じ名のメンバーさんのものをGETして、嬉しそうに持ち歩いています。←でも一番推しはELLYだって
健気なファン夫婦なのです(笑)
それはさておき・・・
ファンとアーティストが唯一同じ空間にいられるライブは、ワクワクしかないのです。
電車や新幹線でパッと行ける人がうらやましい!!
私が三代目を好きになったきっかけは健二郎君です。
でも色々見ているうちに、メンバー全員や楽曲など、三代目そのものが好きになりました!
だから、どうしてもライブに行きたい私です。
というか、むしろファンに逢いたい、ファンを見たい!?(笑)
ライブは「三代目に逢える!」より、「同じファンと三代目のライブを一緒に楽しみ、一緒に涙したい!」という想いですかね。←周りと酔いしれる自分が好き
といいつつ、ちゃっかり望遠鏡も既に購入済の私です。←結局メンバーとロレンゾ様を見たい人
こんな熱い気持ちがあっても、ライブ体験レポとか参考をいろいろ見ていると、マナーが悪い人とか周辺にウザい人がいたとか、心配ごともありますが。
あっ、心配ごとといえば、ライブチケットもそうですが交通手段や宿の手配です!!
離島の田舎者の初参戦。
離島から行くには飛行機は絶対欠かせません。
路線が限られているので、コストを抑えるためにはライブ公演会場は、路線があるエリアに絞られます。
ライブ日程が分かり会場を選んだら「何よりも先に」航空券の手配をします。
往年の公演会場を参考に見ると、島から直接行ける路線で会場があるエリアは3拠点。
しかも安い直行便は、どの路線も1日1本です。(繁忙期は増えるけど)
さらに、便によっては到着時間がライブにギリギリか間に合わないか、際どい時間もあります。
でもどうせ行くなら、せめて2DAYSは参戦したいものです。
そうなると前日入りして会場までのルート確認とか、ライブ最終日も夕方公演だった場合を考えて・・・
3泊4日は考えておかねばなりません!
安いチケットが欲しければ、ライブチケットの予約開始日よりだいぶ早く申し込まないといけないので、大きなデメリットではあります。
次に会場周辺の宿を手配します。
ここも早く予約しないと、全国からの参戦者であっという間に埋まってしまうと予想されます。
そして今度は、航空券の時間から逆算して、合わせて宿までの電車やタクシーも調べます。
電車なんて滅多に乗りません。
この島に電車がありませんから(笑)
早くも不安です。
電車の路線はもちろん、土地勘も無いし、都会の常識が分かりません。
でも、ここで初めて自分の職業が活かされます。(笑)
フリーライターです。
ライターはインプットが大事な仕事!(あ、まだ新米です)
これまでの経験をフルに活かして(新米だけど)、ネットで「ライブ初参戦の心得」の記事を調べまくり、再確認します。←三度は読んだけど
なんか・・・仕事より上手くインプットできている気がする!?
最善を尽くしたところで、最後に難関のライブチケットです。
当たり前ですけど、これがないと意味がありませんよね。
とりあえず会員先行の申込みを祈るしかありません(笑)
でもここからさらに、田舎ならではの苦労が続くんです;
チケット代入金先のロー〇ンとミニス〇ップが無い!!
三代目のライブチケット代金購入先は、ほとんどが前出の二店舗のみ。
そこで島在住のライブ参戦経験者(NO三代目)に聞いたのですけど。
島に無いコンビニ指定だった場合は、島外の知人に送金して代理支払いをお願いするそうです。
ライブチケットが当たったら、期限内に代理支払いに行ってもらうですって?
では紙チケットが希望の私の場合、公演二週間前に発券されたギリギリのチケットを郵送してもらうことになるのですね!!
第三者にお願いするのも気が引けるし、とても安心できません;;
ここはいったん保留です!!←潔く電子チケットにしろ
こんなふうに、地方により別々の苦労をしてライブに参戦している方が、たくさんいるのですよね・・・。
大きなドームをいっぱいにする三代目って凄い!!
と、改めて思う私です。←どのアーティストさんにもいえますが
私はフリーライターという、お仕事をさせてもらっていて、自由な時間を作ることができます。
せっかくこんな恵まれた環境があるわけですから、ライブは絶対体験しなきゃ損です!
「人生一度きりDREAM掴みたいから今」←そう!今でしょ!!
三代目とSTYさんが教えてくれました。←STYさん=作詞、作曲の方
ロレンゾ様が、ドラムのモチベーションを上げてくれました。←私はブラバンのなんちゃってドラマー
こうしてライブ初参戦の計画をしっかりと立てた私です!
ライブ発表待ってますよ、三代目J Soul Brothersさん!!
私の執筆成長をあたたかく見守ってくださった皆様、一年間ありがとうございました。
来年も頑張りましょうね!
良いお年をお迎えくださいませ★
m(_ _)m
以上!
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そんな主婦ライターのドラタケちゃんでした♪
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初めて「感動した」と言われて、スランプから救われた私
驚きました!!
このブログ、楽団のマルチ担当Mちゃんに見られていました(笑)
マルチ担当Mちゃんは、金管パート(確かTP以外)と打楽器の代役ができるスペシャリスト。
最近ね、カミングアウトされたの(笑)
「言っていいか分かりませんが・・・ドラタケさんのブログ見たんです」
どうやら、たまたま楽団のSNSを確認しようと「検索」したら、まさかの私のブログがヒットしちゃったようで(笑)
それがこの「趣味だから楽しめる私の『アマービレ吹奏楽団』」という記事。
そりゃそうです。
アマービレ吹奏楽団なんてローカルな楽団。
ピンポイントで検索しちゃったら「全体公開」設定しているこのブログ、バレます(笑)
団員なら、見る可能性がある。
そんなことも深く考えなかった私は・・・そう、おバカちゃんなんです。
このブログ自体そうですが、やっぱり詰めが甘いんですね(笑)
ところで、意外だったのは次の一言でした。
「私、感動してしまって、涙がポロポロ出て・・・。あ、思い出すとまた泣きそうになってしまう(笑)」
初めて言われた感想でした。
そして、照れながらも頑張って報告してくれた彼女に、ただただ感謝でした。
こんな私のブログで、そんな感動する場面あった?
上にリンクを貼った自分のブログを読み返してみたんですが。
何度読み返しても、ウルウルこみ上げるような感動はないし、むしろ「浅いな~中身」と苦笑いしてしまったくらいです。
「そこまで感動することなかったはずだけど、そんないいこと書いてあった?(笑)」
照れ隠しと、ちょっぴり本音も入り交ざった私の言葉に、彼女は言いました。
「ドラタケさんの楽団愛といいますか・・・。音楽は楽しんでやるものだと改めて思いました。」
(そこに感動したなんて嬉しい!でも涙までって、どうしてだろう?)
↑こんなことを考えてしまいました。
彼女は姉妹で団員であり、姉妹で役員を担っています。
それは本当にありがたいことで、みんな仕事を抱えていたり、プライベートも大事だったりしますが、彼女たちは姉妹で引き受けてくれました。
役員という立場は、異見されることはあっても、必要な時に助けてくれる人は多くありません。←私も経験があります
提案が出なかったり、イベント出欠の返事がなかったりの時も、まとめるのは大変です。
その役員の1人でもある彼女は、相当なプレッシャーや苦痛に耐えていたのかもしれません。
彼女が、傷心中にあの記事(趣味だから楽しめる~)を見たから、たまたま感動したのでしょう。
読み手の「その時の感情移入」でまた、文章の伝わり方が違ってきますよね。
この時は、純粋に「アマービレ吹奏楽団は素晴らしい」ということを伝えたかった私でした。
趣味だからといっても、手放しでは楽しめません。
私はドラムセットやグロッケン、シンバルなどを自宅に置いて、スタンドは車に積みっぱなし、練習のたびに持ち込まないといけません。
正直40代に打楽器の管理はキツイです。
それでも今は事情があって私しかいないので、頑張るしかありません。
指揮者がいないアマチュア楽団ですので、リズム奏者は必須(笑)
指揮が必要な曲は、団員が「本当は吹きたいのに、やむを得なく」指揮を振るのです。
指揮がいない場合は、ドラムが練習を引っ張ります。
・・・ですが、私は誰かを頼り「どのくらいのテンポ?これは何拍子?」と聞きます。
私はそのくらいのレベルの低さなのです。(笑)
それでも、団員は私のドラムが好きだと言ってくれて、私が引っ張っていけない曲は皆がフォローしてカウントをとってくれます。
同パートの大好きな妹分リンリンは、仕事柄なかなか練習に来れないので、プレッシャーを与えたくありません。
だからドラムは私がやるのが1番良いのです。
今年からチャレンジしようと買ったアルトサックスも実現できないのに、オケのチェロに目移りしていますが・・・←どんだけ!!
ドラムは義務です。
あ、ウソつきました。
本当はドラム大好きで、ちゃんと自分の意思もありますよ。
ただ、サックスを主体として、ドラムはお願いされたらやる、という方向で楽団を続けたいだけ。
これは、ここでしか言えない本音なのです。
決して「不満ではなく、あわよくば」という想い。
これだけは分かっていただきたいのです。←誰に言ってる?(笑)
あ、また自分のわがまま話に脱線してしまいました。
団員がいつまた、この記事を発見するか分かりませんが・・・
とにかく今回は、私のブログで感動したと言ってくれたMちゃんによって、私の方がフリーライターとしての励みをいただいたのです。
それを言いたかったのです!!
今まさにスランプ時期で「仕事(執筆)ができない」と受注案件を少数にセーブしている私。
このMちゃんの言葉にどれだけ救われたことか・・・。
「感動させるぞ!」なんて意識をせず、ただ純粋な気持ちで書いたものは、誰かしらの心を動かすと勉強になりました。
これからもっと、純粋な気持ちで(時に不純なものもあるが)このブログを書き続けたいと思っています!
執筆のレベルアップを本気で目指すため、近いうちアクセスを意識したProに変更するかな。
・・・って、12月のアクセス平均まだ29だった。←マイペース
本気ならまずは「まいにち修造」並みの熱い気持ちで、毎日更新できないとね。
うん、無理。
チャンチャン♪
以上!
ブログで執筆練習をしながら、天職を追い求めている・・・
そんな主婦ライターのドラタケちゃんでした♪
今日もあなたとのご縁に尊尊我無
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奄美第九2018に因縁のシンバルで参加
私の目指すライティング練習は2000文字ですが、大幅に超えました。(笑)
そんな熱い気持ちを聞いてください。
今さらですが・・・
クリスマス時期になると第九が流行るんですね。
クリスチャンじゃないのに、クリスマスを楽しんでしまいました、ドラタケちゃんです。
去る12月23日(日曜日)
奄美第九2018というイベントに「打楽器パート」として参加しました。
4回目となるこの公演ですが、私は初回以来の2度目の参加。
恥ずかしい話、私はアマチュア吹奏楽団員にも関わらず、自分の興味がある楽曲以外には無知です。
さすがにベートーヴェン作曲、というくらいは知っていましたが、交響曲第9番という楽曲で、第1楽章から第4楽章までといった構成であることは、初めての参加で知ったことでした。
奄美でこの第九演奏会が初めて行われたのは、2013年の12月。
奄美群島日本復帰60周年を迎えた記念すべき年に開催されました。
この第九のために特別結成された市民合唱団や、奄美で活躍中のオーケストラの方々が一生懸命練習し、島内だけでなく島外へも応援要請を声掛けしていたそうです。
皆様方の並々ならぬ努力の末、プロとしてご活躍されている奄美出身のソリストなど、多くの応援がかけつけました。
東京交響楽団から阪本先生を指揮にお迎えし、オペラ歌手にもお越しいただき、演奏会は大成功。
奄美ならではの「指笛」が大きく鳴り響き「ブラボー」と会場から聞こえたあの感動は今でも忘れません。
初めての演奏会は多くの人に知られている「歓喜の歌が含まれた『第4楽章』」のみでした。
あとは奄美出身のヴァイオリニストのソロ演奏など。
以降、オケ班はコツコツと練習を重ね、第2楽章や第3楽章・・・と年数をかけて曲目を増やしたそうです。
詳しくは分かりませんが、今年は2年ぶり4回目の演奏会だったとのこと。
第2・3・4楽章を演奏したので、来年は第1も含め全楽曲をやるなんて噂も飛び交いました。
ところでこの第九演奏会、管楽器の募集においては毎年「打楽器パート」の人材不足に苦労しているそうです。
それは大変申し訳ない、と思いつつ・・・
実は私は例年の依頼をお断りしていました。(> <)
初めての演奏会は「記念に、思い出に」くらいの気持ちでした。
シンバルを担当したのですが、出番も少ないし簡単そうだし、と思って参加しました。
でも、その記念すべき1回目の参加で、私・・・
心が折れたんです。(笑)
浅はかでした。
まず、シンバルは重い!!←今さら?
そして、マエストロ(指揮者)が分かりやすく合図してくださるのに、(出番で)入れない。
この2つの理由により、私は以降、ずっとお断りしていました。
今年は「バスドラムを」とご提案もいただきましたが、シンバルが入れないということは、バスドラムも無理なのです。
そんな私がなぜ今年、参加したと思います?
・・・代理です。(笑)
私の尊敬する打楽器仲間のKちゃん先輩からの依頼でした。
Kちゃん先輩は、アマービレ吹奏楽団の打楽器OGでもあり、今は転勤で鹿児島在住。
それは本番3日前―。
珍しく夜に彼女から電話。
電話に出ると「ドラちゃ~ん・・・助けて。インフルエンザにかかってしまって・・・」
彼女は奄美が大好きで、アマービレ吹奏楽団鹿児島支部にも在籍!←実は支部がある
鹿児島支部からも多くの管楽器メンバーが参加されたのですが、彼女もその1人でした。
電話のお願いで、私は頭が真っ白に。
なんせ、彼女はシンバル担当で参加するはずだった方。
もちろん私に「代役をお願いしたい」ということです!!
すぐに意図は理解できました。
でも、承知の返事ができませんでした。
ただ、彼女は今にも死にそうな細い声で「ドラちゃんしか思いつかなくて」と、私を頼ったのです。
私は「まずはKちゃん先輩を早く寝かさなきゃ!」と判断し、こう伝えました。
「事情は分かりました。Kちゃん、まずは早くお休みになってください!あとは私が第九担当の方と話をしますから」
Kちゃん先輩は、第九の管楽器連絡係にお詫びをしたかったそうですが、まずは代役を探してからと思い、私に電話したとのことでした。
なんて律儀な方なのでしょう・・・。
私は「その想いもきちんと伝えるので、連絡係への電話は少し良くなってからにしましょう」と伝えました。
管楽器の連絡係は、オーケストラとアマービレを掛け持ちしているNちゃんなので、分かってくれると思ったからです。
もう、私の中で90パーセント答えが出ていました。
「Kちゃんのためにも、Nちゃんのためにも、私がやらねば!」
100パーセント決心ができなかったのは、恐らく2回ほどしか練習に参加できないという不安。
リハが金曜日、土曜日とありました。
でも、金曜日は主に第2・3楽章の練習が中心、さらに私自身もどうしても外せない予定があり、参加できないこと。
・・・無謀な挑戦でした。
オーケストラ、マエストロなど・・・プロにはきっと私のシンバルは耳障り・・・
ひょっとすると、観客にも「なにあのシンバル」なんて思う方もいるかもしれない・・・
いろんな不安を抱えながらも、結局土曜日の本番前日に初参加(^^;)
そしてやっぱり、やらかしました。
最初の出番「マーチ」の部分からすでにテンポを早めてしまい、指揮者が合図をしているのにも関わらず、楽譜から目を離すことができませんでした。
優しいマエストロはそっとしてくださいました。←単に見捨てられた?(笑)
バスドラムのMちゃんが教えてくれて、2回目は何とか修正しました。
休憩時間、どっと疲れが出て、落ち込む私。
マエストロに事情説明やお詫びを伝えに行こうと思いましたが、勇気が出ませんでした。
救いだったのは、参加者から声をかけてもらったことでした。
「(担当楽器の)穴をあけるより良い、本当に助かりました、ありがとう」と。
アマービレ鹿児島支部の仲間からも励まされ、気が少し楽になりました。
ガチガチに緊張している私に、さらに救いの手が差し伸べられました。
トライアングル担当のYさんです。
教諭である彼は、どこの楽団にも所属しません。
それどころか、音楽は未経験で楽譜が読めないという一般参加。
そっとタブレットとイヤホンを渡し「これはお役に立つか分かりませんが、良かったら聞いてみては?」と彼は言いました。
そんな彼は何と「音ゲーアプリ」で第九のトライアングルをマスターしたのだ言うからビックリ!!!
ただし、暗譜ではないので、例えばマエストロの「では次、902小節目から」などと言われると難しいのだそうです。(笑)
こんな強者がいたなんて・・・。
彼のハートの強さと、自前でトライアングルを買ってまで参加するという意気込みに、私は自分の弱さを反省;;
彼に借りたタブレットには、驚くアプリが入っていました。
何と第九の全楽章が、指揮者別で4パターンも聴けるもの。
各パートの楽譜が一目で分かり、曲に合わせて音符が右から左へ流れていくではありませんか!!
しかも、出番の少ないパーカッションの譜面ですが、簡単に早送りや巻き戻しができ、ピンポイントで練習ができます。
色んな指揮で、速さで、楽譜を追いながらイメトレができるのです。
(ちなみに彼は音符ではなく、色グラフで音ゲーバージョンにして練習したらしい)
私とバスドラム担当Mちゃんで、イヤホンを片方ずつ取って、すぐ聴きこみました。
2人でイヤホンを片耳にし、一緒に楽譜を追って・・・
だんだん孤独な気持ちがなくなっていきました。
そして、私は出番の楽譜を無事、暗譜しました。
私はやっと孤独から解放されました。
そうそう、暗譜・・・凄いと思った知らない方に補足ですが。
シンバルなどパーカッションがあるのは第九の第4楽章のみ!
(ティンパニは出番いっぱいです)
演奏時間は第4楽章だけでも、およそ25分(※指揮者やテンポによります)ありますが、そんな中、シンバルはといいますと・・・
<最初の出番>
小節にして「343小節目からの89小節間」
時間にして「およそ1分22秒」
<次の出番>
小節にして「851小節目からの90小節間」
時間にして「およそ1分32秒」
マジメに小節を数えるわけがありません。(笑)
ある程度の「法則」やコツを掴むと、暗譜は簡単なのです。
ただし、シンバルの難しさはやはり音。←というか鳴らし方
叩けば鳴る他の打楽器とは違います。
2枚の重いシンバルを小さな膝蹴りで少し震わせ(下手な表現ですみません)、かつ少しだけずらして重ね打ちをすることで、初めてきれいな「ジャーン♪」という音が出るのです。
この難しさは、やった人にしか分からないもの。
これをKちゃん先輩は、自前でシンバルを買って熱心に音の研究に励んでいたというのですから、どれほどの無念だったかと思うと心苦しい限りです。
そんなKちゃん先輩の名前が掲載されてしまった第九のパンフレット。
私は彼女として出るようなもの、というプレッシャーに押し潰されそうな中、短時間で必死に練習しました。
これまでにない努力をしたと思います。(笑)
そして本番は何とか、リハよりはうまくいきました。
せっかく暗譜したというのに、緊張で倍のリズムを鳴らしてしまった箇所もありましたが・・・。
余計なところで鳴らす、肝心なところで鳴らさない、指揮のタイミングを見逃す、のミスはなかったのでホッとしました。
ちなみに、最初と次の出番の間が、およそ400小節の休み。
この間の集中力も大変です。(笑)
油断すると、合唱が一斉に入るところで泣きそうになるのです。(笑)
トラウマは解消されませんでしたが、第九はやっぱり素晴らしい音楽だと思いました。
特に今年は合唱も管弦楽器も、参加者が多かったとかで、総勢およそ180人。
とても迫力あるステージでした。
もう2度とない、と思いつつ心のどこかで「また参加したいかも」という気持ちも少なからず生じたのは確か。
そんな演奏会に出させていただいて、逆にありがとうございました、Kちゃん先輩。
療養中なのに、私のプレッシャーにもいっぱい慰めのメッセージをくださった先輩。
来年はぜひ先輩のシンバル、聞かせてください。(笑)
以上!
ブログで執筆練習をしながら、天職を追い求めている・・・
そんな主婦ライターのドラタケちゃんでした♪
今日もあなたとのご縁に尊尊我無
(トウトゥガナシ=感謝)★ミ
自分を叱るのは自分しかいない(ダイエットは自分との戦い)
ある晴れた日の昼下がり。
私は近所の運動公園で、ウォーキングに励んでいた。
そもそもダイエットのために始めたウォーキング。
歩くのは好きな方だからと、得意げに始めたはずだった。
だが張り切って続いたのは1週間。
以降、1ヶ月置きに1週間ほどの間隔で、思い出したかのように歩くのがオチ。
そんな自分に腹は立つのだが、厄介なのはそれ以上に自分に甘いことだった。
結果、ウォーキングの習慣は自然消滅。
何かしらの予定を理由にして、また運動の習慣がストップするのである。
なぜこうも続かないのか。
理由は簡単である。
すぐに結果が出ないことに、どうしても心が折れてしまうのだ。
40代ともなれば、すぐに結果が出ないのは当たり前だ。
もし何もせず痩せていくサプリでもあれば、それは間違いなく体には良くない劇薬。
それだけには絶対頼りたくない。
そんな私を再びやる気にさせたのは他でもない「夫」だった。
結婚して8年になるが、夫婦で増量した私たち。
互いに「痩せようね!」と言いながら、切磋琢磨どころかお菓子やビールを与え合い、互いを甘やかし続けた。
同窓会に出ては「太った太った・・・うるさい、アイツら」
帰宅しては開口一番にそう言いながらも、痩せようという意思が一向に無かった夫が、ダイエットに成功したのだ。
1ヶ月におよそ7キロ減量。
それを今でも努力し続けている。
ダイエットの理由は「メディアでも有名になったメンタリストさんのダイエット法が、自分でもやれそうだと思ったから」だと言う。
彼は1日1食を始め、その1食を夕食のみとした。
体を使う仕事なのに・・・である。
2週間は空腹が辛かったそうだ。
だが、夫も40代を目前にして(私より年下)自分を戒めると決め、弱い自分に勝ったのだ。
私もすぐに同じダイエットを実践することにした。
どうやら男性の場合は1食を食した後、最低16時間は必ず空ける。
女性の場合は1食を食した後、最低12時間は必ず空ける。
こんな法則があるらしい。
だが私は、夫と同じく夕食の1食を選んだ。
夕食を抜いて、空腹のまま眠ることができない体質だから。
そもそも食事を作るのは私なので、タイミングを合わせないといけないという理由もある。
その代わり、夕食は具だくさんの鍋にし、食すのは18~19時を目標とした。
絶対ではない。
義務感が発生すると必ず挫折するからだ。
そして、たまに炒め物にしたり、やきとり屋の外食など、いわゆる「チートデイ」も実践した。
揚げ物と米類はできるだけ避けた。
40代ともなると、太る体質の人は1週間で3キロ太るなんて簡単だ。
だが3キロ痩せるのは、自分に相当な負荷をかけなければならない。
一番の天敵は空腹な自分。
辛い時はアーモンドと、ビターチョコと、みかん、バナナなどを間食したこともあった。
だが、この私でさえ「食べないこと」に慣れ始めたのは不思議だ。
私の場合3週間を経過した辺りで、空腹に耐えられるようになった。
そうなると、食べることに罪悪感や恐怖を抱くようになる。
そんな時に限って忘年会や飲み会が続く。
脂モノやご飯系の誘惑に負けて食べてしまったら、しばらく体重計に乗ることができなかった。
こうして3日後に恐る恐る体重計に乗るのだが、実は体重が変わっていないことに驚く。
努力は裏切らないのだ。
もちろん私たち夫婦のダイエットは、運動もとりいれている。
「今度こそ痩せるんだ」
この言葉の繰り返しももう終わり。
そんな思いでまたウォーキングを始めた。
今回はウォーキング前後に、15~20分かけてストレッチをすることもとりいれた。
ストレッチは、体を温かくして柔らかくする効果がある。
つまり、年齢とともに痩せにくくなった体質が改善されるのに、うってつけなのだ。
加えて手足首も念入りに回すことで、捻挫などケガ防止にもなる。
すると1ヶ月で3キロの減量に成功した。
私のウォーキングデッドダイエットは、これまで何度も挫折しているが、やっと挫折を乗り越えられるかもしれない。
結果が見え始めたのだから・・・
川のせせらぎ。
鳥のさえずり。
植物の香り。
ボールがバットに当たる、そしてグローブでキャッチする音。
テニスの打ち合う音。
私が通う運動公園のウォーキングコースは、自然豊かで平和な日常で溢れている。
こんな素敵なコースがあるのに、なぜウォーキングが続かなかったのだろう。
反省しながらも、歩く時はアラフォーの淡い恋物語を妄想する私。(自分主役)
こうして1周2キロのコースを3周回った。
私の速度は1周20分。
つまり3周でおよそ1時間という時間がちょうど良いと、自分の中のルールがあった。
その3周を終え、すがすがしく帰ろうとすると、突然声がした。
「なに帰ろうとしているわけ?」
驚いて辺りを見回したが・・・が誰もいない。
「ま、いっか!」とまた歩き出すと、また声がする。
「まだ歩けるし、息切れも無いじゃん。健康のためのウォーキングじゃないでしょ!!ダイエットでしょ!!さあ、歩くの!!」
何だかよく分からないが、見えないが・・・
私の頭に直接、その声が入り込んできた。
体は勝手にまたコースに向かった。
あっという間だった2キロコースが、やけに長い道のりに思える。
「どうして・・・どうしてこんなに太っても自分を見ないふりをしてきたの?」
うっとおしいくらい、その声は私の痛い心を突いてきた。
「わかってるよ!!気にしてるよ!!」
頭の中で会話が始まった。
「いや、本当に気にしていたなら、節制したし、本気で痩せる努力をするよ」
当たり前のことを指摘されてムカついた。
だが反論する間も与えられず、一方的に攻撃をされる私だった。
「同窓会のアルバム見たら?楽団のコンサートDVD見たら?自分をよく見てみなよ」
「ねえ、知ってる?数年前の同窓会の写真とかDVDとか、アンタの知らないところで出回ってるよ」
なんだって?・・・出回ってる?
「数少ない友人が言ってたよ!『同窓会に出なかったやつらが、DVDとか写真とかを持っている参加者に、借りて見ているよ』ってね。」
「マジかよ・・・ほいほい簡単に貸すやつらがいるとは・・・」
私は嫉妬した。
自分に自信があるやつらが貸しているのだと、勝手に思い込んだ。
頭の声は容赦なく攻め続ける。
「一番見られたくない男や女、いるでしょ?見られてるよ、色んなこと言われてるよ」
もうそれ以上言わないでくれ、と涙目になり空を見上げながら歩き続けた。
「ちなみにね~、昔アンタを苦しめた『彼女』は、太ったアンタと一緒に写した写真を拡大して部屋に飾ってるんだって」
すぐに涙が引っ込んだ。
同時に怒りが込み上げてきた。
体のだるさや、歩く距離の長さなんて気にならなくなった。
それどころか、歩く速度は早くなった。
「駆逐してやる・・・私をバカにしたやつ1人残らず・・・」
もう「痩せていた頃に来ていたお気に入りの服をまた着るんだ♪」なんていう、キレイごとはどうでも良い。
淡い恋物語の妄想なんて浮かばない。
「同じ歳でも美しく自信に満ち溢れたオンナたちを、見下し返してやる」
気がつけば復讐心だけがそこにはあった。
残り1キロの距離を「あと1周で10キロ」という執念だけで、がむしゃらに歩き続けた。
だが神様は残酷だ。
やる気(というか執念)に満ち溢れていたというのに、残り300Mくらいのところで、急に左ひざと右のもものつけ根が痛み出した。
「ふざけんな!!痛みがなんだよ!!私は歩いてみせる!!」
頭の中で精いっぱい怒りを声にするが、気迫に体がついていかない。
しばらく私の妄想の様子を監視していたであろう、謎の声がゆっくりと語りかけた。
「お疲れ様!よく頑張ったね!この追加1周で十分だよ・・・」
そこには、かつての若かりし自分が立っていた。
「加齢とともに肌のハリはなくなるし、ほうれい線も目立つし・・・。それはどうしようもないけどさ、せめて体系は維持してよ!カッコ悪い自分なんて見たくない!!それなりにカッコイイ歳のとり方、見せてよ・・・できるんだよ私!!」
あの謎の声は私そのものだった・・・過去の私。
ごめん、ひがんでばかりで現実の自分を受け入れていなかったね。
続けるよ、今度こそ・・・
お気に入りの服も着けて、同窓には笑顔で会うんだ。
鏡を見ると、そこには穏やかな顔をした自分が映っていた。
自分を分かっている自分だからこそ、自分を叱ることができる。
それはつまり、自分ができるといえば絶対にできるとも言えるのだ!!
そして私は今日も「ほめくり、修造!」の日めくりに励まされ、ウォーキングを続ける。
以上!
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そんな主婦ライターのドラタケちゃんでした♪
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トマト鍋の残りでロール白菜
トマト鍋から発想したロール白菜(笑)
しかもお皿は中華皿というセンスのなさ(笑)
トマト鍋のレシピを載せようと思ったのに、いつも欲張りな私は食べることを優先して写真を忘れます。
ちょっとしたタイミングにすぐ写真を撮る、そんな習慣が身についていないから・・・
私はインスタに向いていません。(笑)
ま、インスタはやっていませんけど。
そういえばいつしか、急にトマトジュースが飲めるようになりました。
きっかけは多分、レッド・アイだったと思う。
まさかビールをトマトジュースで割るなんてね、考えた人凄い。
しかもカクテルの部類に入るなんてオシャレ。
もちろんシャンディ・ガフも大好物♪
というわけで・・・
トマトジュースがいけるようになったことから、トマト鍋にも挑戦するようになりました。
最初は市販のトマト鍋スープを使って作ったんです。
そして味が分かると、次に自作をしたがるチャレンジャーな私です。
ということで、ロール白菜もトマト鍋の残りで思いついた一品。
まずは、トマト鍋のレシピについて♪
<トマト鍋>2~3人前
※材料
◆スープ
・水→300㏄
・トマトジュース(減塩もOK。薄味派は食塩無添加)→500cc
・コンソメスープの素→小さじ3杯
・鶏ガラスープの素(創味シャンタンおすすめ)→小さじ2杯
・みりん(または砂糖)→大さじ2
◆具材
・キャベツor白菜(普段はキャベツだけど今回は白菜を使用)→1/4カット
・トマト→今回はプチトマトを1パック使用(約10個)
・ぶなしめじ(えのきだと1袋)→1/2
・たまねぎ→中サイズ1/2
・結び糸こんにゃく→3つ(余っていたので、ぶっこんでみた)
・絹とうふ→1/2丁
・市販のつみれやだんご→1/2パック
・ウインナー→4個
※作り方(旨味成分とかこだわりません、時短主義です)
①水300㏄を入れた鍋にカットした野菜としめじ、こんにゃくとつみれを一気に投入して点火
②水分が倍になったところで、水以外のスープの素を投入し混ぜる
③黒こしょうとケチャップ少々で、味を調整
④豆腐とウインナーを入れて3分ほどで完成
日によって、最後のシメにパスタを入れますが、それはさすがにダンナちゃんだけが食べています。
ぶっちゃけ具材の量は、ダンナちゃんの要望でどんどん追加して、ダンナちゃん1人で3人前は食べていました(笑)
ちなみにこんにゃくも普通に合います。
食べたいだけ入れれば良いですからね。
でもそうなると味の調整が大変ですが;
ということで余った翌日に、ロール白菜にしてみたら美味しかったのでご紹介!
①余ったつみれや鶏肉があったら、白菜で巻いて、つまようじで刺す
②残りのスープと一緒に温める程度に火を通す
※スープが薄いと感じたらケチャップとコンソメとみりんを小さじ1ずつ加えて調整
③食べる直前に粉チーズとパセリやバジルを振る
ご飯ととろけるチーズでリゾットにするのも良いけど、ロール白菜もいいですよ!
これにソース系を小さじ1杯・・・などもおすすめです♪
味に深みが出ますよ。
まるで料理研究家気分♪←ダンナはヒヤヒヤ
今はキャベツが余っているので、またトマト鍋やりたいな~。
今度は4~5人前にして、余ったものをロールキャベツにしたいと思います♪
以上!
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